spite
「これからどうしよう…」
私は一人で廊下に立ち尽くしていた。
手には神話関係の本が入った紙袋。
時刻は夜の22時過ぎ。
場所は、乙女座寮。
ただでさえ男子寮には入れないのに、門限を完全に過ぎたこの時間にこの場所にいるなんて…。
見つかったら大変なことになる。
課題で使う必要があったから颯斗君に本を借りて、すっかり返すのを忘れていた。
今日生徒会室で会った時に返そうと思っていたらタイミングを逃して、結局こんな時間になってしまった。
本当は寮の前で渡すつもりだったのに…。
「颯斗君…出ないんだもん」
携帯の画面の発信履歴には繋がらなかった赤い表示が並んでいる。
時間が時間なだけあって、誰もいない様子だったからつい中に入ってしまったけれど、肝心の颯斗君の部屋が分からなかった。
行くにしても戻るにしても、誰かに見つかってしまいそうだし、迷っているうちにどんどん時間は過ぎていく。
「ど、どうしよう…って、えっ…!」
階段を上ってくる足音が聞こえる。
まずい。
咄嗟に隠れる所を探したが、場所は廊下なわけで、そんな所があるはずもなかった。
足音はどんどん近付いてくる。
何か言い訳を考えた方がいいかもしれないと思ったが、焦っていて何も思いつかない。
―見つかる…!
そう思った時だった。
「…月子さん?」
聞こえてきたのは、誰よりも聞き覚えのある声。
顔を上げると、パジャマ姿の颯斗君が驚いた表情で立っていた。
「颯斗君!」
ほっとして思わず颯斗君の方へ駆け出そうとしたが、それより早く、私の手が颯斗君に掴まれる。
そしてそのまま歩き出してしまった。
「あ、あの、颯斗君、ちょっと痛いかも…」
「……」
颯斗君は黙ったままどんどん進んでいく。
私との歩幅は随分違っていて、すごく早く歩くから私は半ば引きずられるような格好になっていた。
引きずられながらも頭の片隅で、いつもは私に合わせて歩いてくれてるんだと思って、こんな状況なのに少し嬉しくなる。
しかしそれもドアが激しく閉まる音で有無を言わさず中断された。
「月子さん、どういうことか説明していただけますね?」
部屋の中に入るなり、壁際に追い詰められる。
颯斗君は生徒会でこういう雰囲気になる時はあくまでも笑顔を崩さないけど、今はどこからどう見ても不機嫌なことが一目瞭然だった。
疑問形が疑問形の意味を成していない。
「えっと…本を返そうと…思って…」
かなりの威圧感に、言葉がつかえてしまう。
やっぱりまずかったよね…。
「だからと言って、寮の中まで入り込むのは感心しませんね」
「ごめんなさい…ずっと借りたままだったし、颯斗君に電話したんだけど出ないし…」
私が言い終えるか言い終えないかのうちに颯斗君が続ける。
「本なんていつでもいいんですよ。誰かに見つかったらどうするつもりだったんですか」
「それは、その…えっと…何とかなるかなーって…」
「……」
颯斗君は呆れたように溜息をついたきり、黙ってしまった。
気まずい沈黙が続く。
「だって…会いたかったから…」
とうとう本音を漏らしてしまう。
本はただの口実に過ぎない。
すぐに、痛いくらいの力で抱き締められた。
颯斗君の髪からシャンプーの匂いがしてドキっとする。
もしかして電話に出られなかったのは、お風呂に入ってたせいなのかな…。
「あなたは無防備すぎます…。見つけたのが僕でなかったらどうなっていたか…」
「だ、大丈夫だよ…」
ふいに、顎に手が掛けられ、唇を塞がれた。
突然で、強引で、いつもの颯斗君とは全然違うキス。
「…っ…んっ…!」
息をする間もないくらいに貪られる。
息苦しさと鼓動の激しさで、何も考えられなくなりそうだった。
「…他の男にキスされても平気なんですか」
「ちがっ…!」
平気なはずがない。
颯斗君以外とキスなんて…。
そう言いたかったけれど、ドキドキしていてうまく言葉にならない。
「そ、そうじゃなくて…ふっ…んんっ…」
もう一度、深く口付けられて、壁に寄り掛かった背中がずるずると下がっていく。
立っていることが出来ない。
こういう時は支えてくれるのに、やっぱり怒ってるのかな…。
「…颯斗君、怒ってる…?」
「当たり前です」
完璧としか言い様のない笑顔が向けられた。
私は床に座り込む格好になっていて、完全に上から見下ろされる状態だからさっきよりも威圧感が増している。
「あなたはどれだけ僕に心配をかければ気が済むんですか」
「ご、ごめんなさい…」
謝ってもおさまらないのは分かっていたけど、謝らずにはいられなかった。
「…お仕置きですね」
颯斗君は笑顔を全く崩さないまま言い放ち、私の服に手を掛ける。
首筋から空気が入り込んできて、ビクリとした。
「は、颯斗君…何やって…っ!」
部屋に二人きりだし、ほとんど押し倒されているような状況で、心臓が破裂するんじゃないかと思うくらい、鼓動が早くなる。
皮膚を吸われたような感覚がして、首筋にチリッとした痛みが走った。
「えっ…これって…」
「あなたが僕の物だという印です」
つまり、キスマークだ。
口付けられた辺りに触れてみる。
それは制服のブラウスで隠れるか隠れないかのギリギリの位置だった。
私服だったら、多分見えてしまう。
どうしよう…。
しかも、明日は土曜日で学校が休みだ。
「颯斗君…!」
「何か?制服だったら隠れますよね」
抗議の声を上げても軽くかわされてしまう。
「だって、私服だったら…あの…」
「僕といればいいじゃないですか」
あ、そうか。
思わず納得しかけたけど、そういう問題じゃないのに…。
怒った颯斗君に勝てる程、私の口は上手くないから黙っておいた。
「だから明日は二人でどこか行きましょう」
「う…うん」
瞬く間にデートの約束が成立してしまった。
嬉しいけど、颯斗君って、意地悪すぎる。
「これに懲りたら二度とこんなことはしないで下さいね」
「っ…!」
耳元で囁かれ、また鼓動が跳ね上がった。
「次のお仕置きは、朝まで帰れませんよ?」
「…もう!」
真っ赤になって俯いた私を抱き寄せて、そう呟く。
「心配を掛けられるのは困りますが、お仕置きするのは悪くないですね」
「颯斗君、それなんか矛盾してるよ…」
「いいじゃないですか」
颯斗君の体温を感じていると、それもいいかもしれないと思えてしまって、私はこの人には絶対に逆らえないなと、思った。
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乙女座寮なう!と思って書きました。
毎度毎度改行とか大体ですみません。
直そう直そうと思って結局そのままです。
善処します。
タイトル思いつかなくて適当すぎました。
これも善処します