眠りによせて


時計の秒針の音が響いている。
眠りに誘ってくれるはずの規則正しさが、今日は間逆に働いてしまっている。

私はもう何度目か分からない寝返りを打って、溜め息をついた。

眠れない原因は大体察しがついている。

いつもなら、ダブルベッドの左側にいるはずの人が、いない。


仕事の締め切りが近いとかで、忙しそうだったし、今までだって同じことはあったんだけれど
今夜は何故か眠れなかった。


水でも飲んでこよう…。


とうとう眠るのを諦めて、体を起こす。

ふらふらと立ち上がると、私はキッチンへと向かった。


***


キッチンで水を飲み、戻りかけた時、颯斗君の仕事部屋から明かりが漏れているのに気付いた。
時刻はとっくに深夜を回っているのに、まだ頑張っているらしい。

部屋にいるだけなら、いいよね?


邪魔をしてはいけないとは思いつつも、私は既にドアノブに手をかけていた。


「あの、颯斗君…」


少しだけドアを開けて中を覗き込む。


「おや、こんな時間にどうしたんですか?」


机に向かっていた颯斗君がこちらを振り返る。
疲れているはずなのにいつもの優しい笑顔で、嬉しいような申し訳ないような、微妙な気持ちになった。


「なんだか、眠れなくて…終わるまで待っててもいいかな?」


さすがに寂しくて眠れなかったとは言えない。
部屋へ入り、手近な椅子に腰かける。


「もちろんいいですよ。というか、もう切り上げようかと思っていたんです。」


言いながら颯斗君は手元の楽譜をまとめて立ち上がる。


「それに、一人じゃ眠れないかわいい奥さんを放っておくわけにはいきませんしね」


「ち、違うよ!何となく眠れなかっただけで…その…」


すぐに眠れない原因を言い当てられてしまい、思わず否定してしまった。
颯斗君にはそんなこととっくにお見通しなのも分かっていたけれど、条件反射というやつかもしれない。


「ふふっ…見れば分かりますよ?さ、風邪を引いてはいけませんし、早く戻りましょう」


そう言うと颯斗君は私の肩にブランケットを掛けてくれる。
肩にふわりとした感覚を覚えるのと同時に、足元もふわりと浮いた。

「は、颯斗君…!」

まさか、お姫様抱っこをされてしまうとは思わなかった。
距離の近さと抱き抱えられた瞬間にほのかに香ったシャンプーの匂いに鼓動が早くなるのを感じた。
結婚してからは間もないとは言え、もう何年も一緒にいるのに、颯斗君にはいつもドキドキさせられてしまう。


寝室に戻りベッドに下ろされ、柔らかいスプリングに体が沈み込む。
颯斗君が私の顔を覗きこみながら頬にに掛かった髪をそっと除けてくれる。

「さて、それでは眠れない眠り姫のお願いを聞きましょうか?」

「えっ…お、お願い?」

突然の問い掛けに戸惑ってしまう。
お願い…どうしよう…。
今日はおやすみのキスがまだだけど、でも自分から言い出すのは何となく恥ずかしい。

それより、耳元でそんな優しい声で囁かれたら思考が停止してしまう。
既に心臓の鼓動がうるさいくらいに響いていて、それを気付かれないようにするので精一杯だった。


「ないのなら、僕のしたいようにしますけど、よろしいですか?」

こういう時の颯斗君には絶対に勝てない。
ドキドキが一際大きくなる。

「ひゃっ…」

私の髪を梳いていた手が止まり、ゆっくりと頬をなぞる。
触れられただけで、びくりと体が跳ねてしまった。


「本当に、あなたはかわいらしいですね…」


徐々に私に近くなる体温が少し先のこと予想させて、目を瞑るしかなかった。
すぐにでも荒くなりそうな呼吸を必死で抑える。

次の瞬間、頬に柔らかい感触があり、すぐに離れた。


「はい、おやすみのキスです。」

「えっ…」


目を開けると、颯斗君が声と同じようにちょっと意地悪に微笑んでいた。


「い、いつものおやすみのキスじゃないよ?」

言ってから、しまったと思った。
案の定颯斗君の笑顔はさっきより意地悪になっている。


「いつもの?いつもはどんなでしたっけ?」

「それは…えっと…」


改めて自分から言うのはやっぱり恥ずかしい。
だけど、してほしい。
一言言ってしまえば簡単なのに、それが出来ない。

ぐるぐると考えているうちに、体が抱き寄せられ、口付けられていた。


「んっ…」


欲しかった感覚。
今まで強張っていた全身からふっと力が抜ける。


「あんまりいじめてしまうのもかわいそうですしね。その代わり、次はないですよ?」

「・・・もう」


私は抗議するように呟き、ぎゅっと抱きつく。
さっきまでの寂しさはどこかにいってしまっていた。



「さあ、もう寝ましょう?おやすみなさい…」

「うん、おやすみ…」


眠りに落ちる前の幸せな時間。
大好きな人とずっと一緒にいられる幸せ。
近くにいる、それだけで満たされてしまう。


背中に回される腕に身を委ねながら、今度は眠る為に目を閉じた。

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ここは言い訳コーナーではないので言い訳は脳内でします。
結婚したらガチでおはようからおやすみまでなので
今度はおはようを書きたいです。
つまりおはやとです。なんかもうゆりかごから墓場まで青空颯斗です。
あとラルクでこんな歌あったような気がするけど曖昧です。