雨音の記憶
雨が降っていた。
外の部活動と思われる生徒達が足早に校舎を後にするのが見える。
天気は朝から思わしくなく、いつ降り出してもおかしくなかった。
むしろ放課後まで持ったのが不思議なくらいだ。
今日は生徒会も部活もない。
高校生であれば放課後の時間が空いたことを喜ぶ方が普通なのだろうけど、僕にとっては生徒会で忙しく仕事をこなしている方がよかった。
最初は嫌々ながらやっていたはずの生徒会に、居場所を見出し始めていたことに自分でも驚く。
こんな日は特に、いつもの騒がしさの中に身を置きたくなる。
雨は嫌いだ。
誰もいない家。
薄暗くて冷たい部屋。
弾けないピアノ。
ひとりぼっちの自分。
雨の音を聞くと、かつての陰鬱な光景が脳裏をよぎる。
世界が雨音だけで満たされていく。
心の奥を無遠慮に掻き回すような、雨音。
やがてそれは人々の囁き声へと変わり、嘲笑うかのように大きくなる。
雫が頬を伝う感触と徐々に激しさを増す雨音だけが、今の僕の世界を支配していた。
いつの間にか僕は、校庭に立ち尽くしていた。
辺りに人の姿はない。
雨が徐々に体を濡らし、体温を奪う。
星月学園に入学して、生徒会に入り、少しずつ掴み始めたあたたかいものが、全て流されてしまうような錯覚を覚えた。
寮に戻らなければならないのに、その場から動くことが出来ない。
「颯斗君!」
雨の音が、途切れた。
いつの間にか、僕の目の前には彼女がいて、傘を差し出していた。
「傘も差さないでどうしたの?風邪引いちゃうよ?」
言いながらすぐにハンカチが顔に押し当てられる。
額に触れた指先があたたかい。
僕が彼女を抱き締めるまでにそう時間は掛からなかった。
「は、颯斗君…!」
彼女が体を硬直させる。
傘が手を離れて地面に落ちたのが見えた。
再び雨が体を濡らし始めたが、不思議と先程までのような冷たさは感じない。
このままでは二人共ずぶ濡れになってしまうのは分かっていたが、今は抱き締めた体を離せそうになかった。
「ねえ、濡れちゃうよ…?」
「すみません…もう少しだけ…このままでいさせて下さい…」
返事がない代わりに、そっと背中に腕が回されたのが分かった。
雨音だけの世界に二人分の心音が加わる。
それだけで、薄暗いあの部屋から解放された気がした。
彼女なら…もしかして…。
欲しがってもいいんだろうか…。
僕に、何かを欲しがることは許されているんだろうか…。
「風邪、引いちゃうよ?戻ろう?」
「ええ、そうですね」
一言答えるのがやっとだった。
きっと、僕はとても情けない顔をしていただろう。
少しだけ泣いていたけど、雨が涙を流してくれた。
淡い期待が恋心に変わるまで、あと少し。
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濡れた制服が死ぬ程好きなんですがいまいち伝わりませんね…。
もっと執拗に濡れたシャツやネクタイの描写をするべきだったか…。
なんかこう、颯斗君は定期的に僕ってだめだループに陥ってそうでたまりません。