逢う魔が時

人気のない廊下に私達の足音だけが響いている。

今日の仕事は生徒会室の資料整理で、私と颯斗君は膨大な量の書類を整頓する作業に明け暮れていた。

「今日の」というよりは「今日も」が正しいかもしれない。

とにかく殺人的な量で、数日前からこの作業にかかりっきりになっている。

去年も同じことをしたはずなのに、たった1年でどうしてここまで膨れ上がってしまうのかと嘆かざるを得ないくらいの量で
この時ばかりは星月学園のイベントの多さを呪った。

生徒会室に収納しきれなかったファイルを資料室へと運び、今はその帰りである。

ようやく終わりが見えた。

後は大した量ではないので、今日は早めに帰れるだろう。


ふと、窓から外を見ると、いつの間にか日が沈み、空には夜の色が広がり始めていた。

太陽も星も見えない、昼と夜との空だけが混ざり合う時間。
1日が終わってほっとするはずなのに、どこか不安な気持ちにもさせられる、不思議な時間。


何だっけ…確か名前があったような…


「逢う魔が時…」


すぐ隣で颯斗君の声がしてハッと我に返った。

どうやら自分でも気付かないうちに立ち止まって外を眺めていたらしい。


「この時間は、人ならざる者が現れたり、別の世界に繋がってしまうと考えられていたそうですよ。」


そうなんだ…。


廊下には私達以外に誰もいない。
電気も点いておらず、ただ夕闇だけに満たされている。

なんだか、背筋がゾクリとした。

思わず颯斗君を見上げる。
薄暗く、その表情までうかがい知ることは出来ない。


「ちなみに、黄昏というのは薄暗くて相手の顔が良く見えず、『誰そ、彼』と言ったことからだそです」


颯斗君は私の考えが分かっているかのように話を続けた。


徐々に闇が濃くなってくる。

隣にいるのは颯斗君のはずなのに、全く知らない人にも思えた。


「…っ」


刹那、視界が傾いた。
ふわりと体が浮き、すぐにしっかりと抱きとめられる。

声を出したいのに、何故か音にならない。


「そんなにぼんやりしていると、誰かに攫われてしまいますよ?」


耳元でそう囁かれる。
いつもの颯斗君の声より、少しだけ低くて大人っぽい声。
やっぱり、知らない人みたいですごくドキドキする。

「颯…斗…君…」


震えるような小さな声でどうにか名前を口にした時、廊下の電気が一斉についた。


「すみません、少し意地悪がすぎましたね。」


ふっと腕の拘束が弱まり、足元がふらつく。
しかしすかさず手を取られ、颯斗君の腕に抱きつくような格好になった。


「さ、もう遅いですし戻りましょう。」


「う…うん!」


その時の颯斗君は、もう私がよく知っているいつもの颯斗君の顔だった。


黄昏がもたらしたつかの間の不思議な時間。


逢う魔が時は、いつもの人の知らない部分、大好きな人の不思議な部分、見えない何かを引き出してしまうような
そんな力があるのかもしれない。


繋がれた手に安堵を覚え、私は歩き出した。

************************************************

はやとくんから感じる底知れぬ何かが大好きです。
どうでもいいけど背後から目隠しするような話が書きたいです。