覆いかぶさって
開け放たれた窓から穏やかな風が吹き込んでくる。
放課後の音楽室には私達以外に人の姿はなく、颯斗くんの弾くピアノの音色だけが響いていた。
一樹会長が卒業して、颯斗君が生徒会長になってからしばらく経った。
生徒会長の仕事は多忙で、一緒にいるのにゆっくり出来ない状況が続いている。
それでもぽっかり時間が空く日というのがあって、今日はそんな日だった。
ピアノの優しい旋律とそよ風が心地いい。
以前の颯斗くんのピアノは、優しいけれど少し悲しいような雰囲気があった。
今ではそれがなくなり、颯斗君の繊細さや優しさが音の中に溢れていた。
白くて長い指が軽やかに鍵盤の上を動き回る。
逆光に浮かび上がるシルエットは見慣れているはずなのに思わず息を飲んでしまうくらいに綺麗だった。
「…退屈ですか?」
突然声を掛けられてハッとなる。
いつの間にか音色は止んでいて、颯斗君が私の顔を覗き込んでいた。
その距離の近さにたった今顔を上げたばかりなのにすぐに俯いてしまう。
なんだか、とても顔が熱い。
「ぜ、全然!すごく…きれいだなと、思って…」
見惚れてましたなんて恥ずかしくて言えない。
でも、颯斗君はそんなのお見通しみたいで、ちょっとだけ意地悪そうに笑うと私の隣に腰を下ろしてきた。
「こっち、向いてくれないんですか?」
二人っきりでこんなに近くにいるのは久しぶりだから、付き合う前よりずっとドキドキしてしまう。
私から颯斗君の顔は見えないけど、ずっとこっちを見てるのは分かる。
近くで見つめられてるだけなのに、どうしてこんなにドキドキしちゃうんだろう。
「向きたい…けど…だめかも…」
「じゃあ、無理しないで下さいね」
耳元で囁くように言われた後、スッと手が伸びてきて、顔にかかっていた髪の毛に触れる。
そのまま肩を抱き寄せられ、私は颯斗くんの腕の中にすっぽりと納まってしまった。
「ほら、こうすれば顔を見なくてもいいでしょう?」
「…っ!」
確かにそうだけど、今度は胸の鼓動が聞こえてしまいそうでもっと恥ずかしい。
きっとそれもお見通しなんだろうな…。
颯斗君は普段はとても優しいのに、時折こうして意地悪になる。
「でも、キスする為には、顔を見ないといけませんね。」
クスっと笑うと、顎に手が掛けられ、上を向かされてしまった。
本当に…敵わないな。
そう思って目を閉じた瞬間
「そらそらー!!!!月子ー!!!!どこだー!!!!!!!」
廊下の方から私達を探しているらしい翼くんの声がした。
足音がだんだん音楽室の方に近付いてくる。
びくりとして颯斗くんから体を離そうとした。
「ふふっ…そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。」
焦る私に対して颯斗君は余裕そうだ。
「ぬぬーん!!!!音楽室はっけーん!!!!!!」
勢いよく音楽室の扉が開き、翼君が入ってくる。
「あれれー?いないぞー!!!!なんでだー!!!!他行ってみるぬーん!!!!!」
バタバタと走り回る気配がした後、再び勢い良く音を立てて扉が閉まった。
「行っちゃったみたいですね」
「は、颯斗君…」
私達は音楽室に置いてある機材の陰にいた。
丁度私が機材の隙間に押し込められるような体勢になっている。
「よかったですね、見つからなくて。僕としては、別によかったんですけど」
「よくないよー…」
狭い所に折り重なるようになっている為、さっきよりも更に距離が近い。
ホッとしたのもつかの間、鼓動は早くなる一方で止められそうにもない。
「こういうのも、なかなか悪くはないですね」
言うなり、唇が重ねられた。
颯斗君は時々意地悪でちょっとだけ強引で、でもとっても優しくて、やっぱり敵わない。
触れた唇から、このドキドキが伝わってしまいませんように。
そう思ってすぐに私も目を閉じた。
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翼ごめんねとしか言えません。