メルト


ピンポーン


玄関のチャイムが鳴り、時計を見ると思ったよりも随分早い時間だった。
部屋の掃除は大体終わっていたのは幸いだけど、心の準備というものがある。

今日はバレンタイン当日。
こんな日に部屋の掃除に勤しんでいる理由は一つしかない。

バレンタインはデートに出かけるのが恒例になっていて今年もどこに行こうか考えていたら、郁が私の部屋がいいと言い出した。
部屋に郁が来たことは何度かあったけど、デートのお迎えだったり帰りだったりでちゃんと遊びにくるのは初めてだ。


だから張り切って掃除を始めたのが功を奏して、予定よりも早いチャイムでもとりあえず問題はなかったんだけど…。
でも…やっぱり、心の準備が…。


部屋の真ん中で立ち尽くしていたら、急かすかのようにもう一度チャイムが鳴った。

いけない・・・!

ハッと我に返り慌てて玄関へと向かう。


「来ちゃった」


ドアを開けると、約束の時間なんか全く気にしていない様子の郁が立っていた。


「もう、まだ時間じゃないよ?」

実を言うと、一緒にいる時間が長くなるからちょっと嬉しかったけど、それを悟られたらなんだか負けた気がして私は敢えて不機嫌そうな声を出す。


「いいじゃない。バレンタインなんだし」

「それ、理由になってない…」


もちろん郁にはそんなことお見通しだっていうのも、分かった上で。


***


「おいしいね!」

ローテーブルの上には果物とチョコレートが入ったハート型の器が並んでいる。
去年は馴れないお菓子作りでチョコレートと格闘しなきゃならなかったけど、今年は自宅ということもあってチョコレートフォンデュにしてみた。
ちなみに、プレゼント用のチョコは別に買ってある。


苺にチョコを絡めて口に運ぶ。
それだけなのにすごくおいしい。
結構簡単だし、一人の時もやろう。

そんなことを考えながらチョコフォンデュに夢中になっていると


「ねえ、こっちにおいでよ」


部屋に二人っきりという事実をすっかり忘れていた。
私はフォークを口に入れたまま暫しの間固まってしまう。
冷静に考えればそこまで慌てることでもなかったはずのに、心臓の鼓動が一際大きくなるのを感じた。
忘れていたというよりは、考えないようにしていたという方が近かったのかもしれない。


「えっ…えっと…」


意識していたのが丸分かりの反応を返してしまい、更に焦る。
どうにか苺は飲み込んだものの、そこからどうしていいか分からない。


「ねえってば」


郁の顔を見ると、動くふわふわした物には逆らえない猫の前で猫じゃらしをちらつかせている飼い主のような表情をしていた。


「来ないなら、これ全部僕が食べちゃうけど」


それは困る。


思わず郁の方に近付いてしまった。
そしてすかさず腕の中に閉じ込められる。


「きゃっ…!」


十分に予想が出来たこととは言え、実際にされると驚いてしまう。


「つかまえた」


郁は楽しげに言い放つと、私がきちんと腕の中に納まっていることを確認するかのようにギュッと抱き締める。


「もう…!びっくりしたよ?」


「やめようか?」


ふっと拘束が緩められたが、反射的に腕を握り返してしまった。
いつもながら、完全に郁のペースだ…。


「そ、そういうわけじゃないけど…」


反論にもならないようなことを呟きながら、赤くなって腕の中に顔をうずめる。


「じゃ、これは一緒に食べないとね。はい、あーん」

「えっ…は、はず…!」

食べさせるのが当然といった様子で、私に拒否する余地はなさそうだ。
それでも、後ろから抱きかかえられるような格好で食べさせてもらうというのはかなり恥ずかしい。

「…っ!」

恥ずかしさと何かを天秤にかけて口を開けるのを躊躇っていたら、スッと唇を指でなぞられた。
少しの甘さを伴うゾクリとした感覚が体に走り、吐息が漏れる。


「はい、あーん」


今度は、素直に口を開いてしまった。
苺のひやりとした感触と、チョコレート。


「おいしい?」

「…」

さっきまではあんなにおいしかったのに、味があまり分からない。
咀嚼するだけで、それ以上のことを考えたら思考がストップしそうだった。


「あれ?おいしくない?それとも、月子はもっと甘い方がよかったかな?」


郁が、指に直接チョコレートを絡めて口の中に差し入れてくる。
先程までとは違う、純粋な甘さだけが広がった。


「んっ…!」


郁の長い指が、私の口内を蹂躙するかのように動き回る。


「ね?おいしいでしょ?」

「…っ…んんっ…!」


いつもより低めの声が耳元で囁く。
だんだん意識がぼんやりとしてきた。
与えられる甘さを緩慢に追うことしか出来ない。


「…っあ!」


刹那、視界が反転する。
すぐに唇が重ねられ、私の瞳に見慣れた天井が映し出されることはないままに、更なる甘さの中へと意識が落ちていった。

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また暗転してしまいました。
どうしてこう…。
指フェラを書きたいなぁというのが出発点だったんですがどうも…。
毎度ですが頑張ります。
ところでこの二人はいつが初めてなんでしょうか?
ベストEDのあれが初でいいのかな…。
まあ細かいこと気にしたら負けですね!
タイトル考えるのも苦手で困ります…。