暫しの休息
「理事ー?葵理事ー?入りますよー?」
12月半ばにしては妙に暖かい日。
ドアを開けると柔らかな光が理事長室いっぱいに差し込んでいた。
いつもと変わらない光景。
ただ、正面の机にいなければならない人物がいない。
まあそれだって、いつもと変わらないと言えば変わらないのだけど…。
「理事?頼まれてた書類、持ってきましたよ?」
書類を机に置き、ソファに寝そべっている理事に声をかける。
応接用のソファはそれなりの大きさがあるはずなのに、何となく窮屈そうだ。
長い足を持て余し気味に放り出している。
「もう、またそんな所で寝て…。風邪引きますよ?」
何度か呼びかけたものの一向に起きる気配がないので、理事長室に予め準備してあったブランケットを手に
ソファへ向かう。
いくら暖かいとは言え12月だし、このままでは本当に風邪を引きかねない。
宝生グループの建て直しが一段落しても理事はまだまだ多忙だ。
居眠りで風邪でも引いたなんてことになったら、桔梗先生の溜め息がいくらあっても足りないだろう。
桔梗先生なら叩き起こす所だろうなとも思ったけど、どうも私はこの人には甘いらしい。
理事の寝顔は、普段のあの性格からは想像できないくらい、それはかわいいという表現がしっくりきてしまうような雰囲気で
起こすのが憚られてしまう。
そっと眼鏡を外してブランケットをかける。
私より年上のはずなのに…。かわいいな…。
眼鏡を外すと余計幼く見えて、何だかおかしくなってクスリと笑ってしまった。
「…せんせ、何がおかしいの?」
突然強い力に引き寄せられ、視界が揺らいだ。
「きゃっ…!ちょっと、理事…!起きてたんですか!」
気付いたら私は理事の腕の中にすっぽり納まるような体勢になっていた。
「いつから起きてたんですか!それと、離して下さい!ここ、どこだと思ってるんですか!」
「んー、せんせが入ってくる辺りかな?わざわざ眼鏡まで外してくれて、優しいね、せんせは」
離して下さい、の下りは理事の耳には入らなかったようでますます拘束が強くなった。
寝起きの理事の声はちょっとだけかすれてて、かわいかった寝顔とは正反対の色気がある。
「理事…誰か来たらどうするんですか…」
何とか意識を仕事モードに切り替えようしても、長い指が髪の毛を梳いていくのがくすぐったくてうまくいかない。
どうしよう…流されそう…。
「別に、オレはいいけど?それともせんせは別な場所ならいいの?」
「そ、そういうことじゃなくて…!もう怒りますよ!」
体温とか、耳元にかかる吐息とか、香水と煙草の混じった香りとか、優しい指とか。
全てがこれ以上触れていたらどうにかなってしまいそうで、私は蕩けそうな意識を必死にまとめて起き上がった。
「はいはい、もう悪戯しませんから。だから機嫌直せよ?」
さすがに理事も察したらしく、緩慢な動作で体を起こす。
「その台詞、何回目ですか?次やったら本当に怒りますからね!」
顔が真っ赤なのが自分でも分かるし、速くなった鼓動は元に戻らないし、こんなこと言ってもきっと説得力ゼロだろうな。
でも少しは反省してもらわないと…。
「分かったって、お前の部屋ならいいんだろ?」
「理事!そういう問題じゃ…!あっ!」
次の瞬間、私はまた理事の腕の中にいた。
今度は膝と膝の間に座るような格好になっている。
「…ここは私の部屋じゃありません!」
そんな反論を他所に、しっかりと私の首には腕が回されていて、離す気がないのが分かった。
本当にこの人は全く人の話を聞かないらしい。
「だって、お前の顔よく見えないんだもん。話を聞くには相手の目見なきゃだめだろ?」
「…っ!」
それは屁理屈って言うんです!とは言うはずが、先に唇を塞がれてしまった。
敵わないな…。
抱きしめてくれる腕やキス、ちょっと意地悪だったり子供っぽかったり、でもすごく大人で優しくて…。
私はこの人だけには敵わない。
「愛してるよ、せんせ…」
私も、と言い掛けたところでまた唇を塞がれた。
今度は私からも抱きついたから、言わなくても分かるよね。
このまま時間が止まってしまえばいいのに…。
もう何度目か分からないけど、そんなキスだった。
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かなり前に書いたやつですが、せっかくなので。
葵理事は永遠です。